日本海側の諸都市では戦争を支援する産業がさほど発展していなかったこともあって、戦略爆撃の災禍に晒されることが太平洋側に比べ少なかった。だから現在でも、日本海側の町並みには、多く昔ながらの佇まいを見ることができる。それは、中小の都市の街路だけでなく、名もない鄙びた漁村にあっても同じだ。日本海沿岸の空いた地方道を自転車で流せば、おそらくは誰もがそこかしこに喩えようもなく懐かしさにあふれた風景を見出す。融雪口から錆色の帯を引いている、海辺の集落の中を行く道。
(関連情報)
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路面電車が行く通りに面した、古く豪奢な銀行の建物。狭い路地の行き止まりに忽然と現れる立派な寺院。それらは、太平洋岸の戦後の風景と正反対に、ある節度と湿度と落ち着きを持った景観を成している。そしてそれだけでなく、切なくなるような寂寥感、気高い寂しさとでも言うべき陰験が、町々にある。近代以降、日本の経済的発展は太平洋側を主軸として行なわれてきたのであるけれど、前船の往来が端的に示すように、むしろその上の日の繁栄は、日本海側にあった。そうした過去の栄華の残照が、現在の日本海側の空気感に独特の刻印を与えていると思う。それは、千年を超えて積み重なった時間の層であり、諦念を伴った透明な哀しみの層でもある。