神奈川県小田原市に生まれ、農業高校で園芸を勉強した関係者は、知人の紹介で一九六六年に入社した。当時は外国人客が多かったため、花の名前でも和名と英語名の両方を覚えなければならないのが大変だったという。「季節の飾り付けに、食堂々客室を飾る花を活けるなど、忙しい時代でした。活け花や盆景作りなど、先輩の仕事を見ながら、独学で勉強したものです。東京まで出向いていって研究したこともありますよ」多くのホテルが業者に委託する花の飾り付けだが、富士屋ホテルでは社員が手がけてきたのである。
(関連情報)
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最盛期には、食堂のテーブルに三〇〜四○種の異なる花が美を競ったこともあったとか。「お客様の中には、あちらのテーブルの花の方がいいとおっしゃられる方がいて、交換して差し上げたこともありました」こうして、温室の花が注目されるうちに、珍しい花の苗や種子をお土産としてくださったり、物々交換を申し出たりするお客まで現われたという。「これだけ揃っていても、ないものがあります。お客様のおかげで花が増えました」